平成28年9月議会において、「千葉県AEDの使用及び心肺蘇生法の実施を促進する条例」が制定されました(施行日は平成29年4月1日です)!
※NHKのWEBニュースなどでも取り上げられています。
制定にあたっては、平成27年6月に自民党会派で瀧田敏幸県議を座長にプロジェクトチームを設け、関係者や有識者との意見交換、茨城県などの先進地の視察、一般からの意見募集などを行ってまいりました。たくさんの方々のご協力に対し、この場をお借りして感謝を申し上げさせていただきます。
今回は、プロジェクトチーム副座長として、私の視点で整理した本条例のポイントをご報告させていただきます。
1 条例を制定するに至った背景は・・・?
我が国の肺機能停止により救急搬送された傷病者数は、平成26年で12万5951人です。このうち7万6141人が急性心筋梗塞など心原性心肺機能停止によるものとされています。
平成16年7月の厚生労働省の通知により、救命の現場に居合わせた一般市民による自動体外式除細動器(いわゆる「AED」)の使用が認められました。医学的に心肺蘇生法の実施やAEDの使用により、生存率が高まることは皆様ご存じと思いますが、統計上においても、心原性心肺機能停止の傷病者のうち、一般市民が心肺蘇生法の実施及びAEDの使用を行った場合には、未実施の場合と比較して、1か月後の生存率は約6倍高く、社会復帰率も約10倍高くなったというデータがあります。
心肺機能が停止した傷病者の発見から、救命措置の開始までの時間が短くなれば、より生存率や社会復帰率も高くなるとされておりますので、要救助者を目撃した一般市民、いわゆるバイスタンダーによる速やかな救命措置の実施が、救命と早期の社会復帰に大きく寄与することになります。
千葉県では、ここ数年、バイスタンダーによって心原生心肺機能停止の時点で目撃された傷病者は、年間約1000人(一日あたり3人)発生していますが、バイスタンダーによる心肺蘇生法の実施率は約50%で、そのうちAED実施率は約4%にとどまっている状況です。
また、119番通報を受けてから、救急隊が現場に到着するまでの平均時間が8.6分となっていることを踏まえると、より多くの命を救うためには、バイスタンダーによる心肺蘇生法の実施率及びAEDの使用率の更なる向上が必要となります。
本条例は、この実施率を更に高めるためのものです。
2 条例の特徴
ア 目的と役割
本条例の目的は、「一人でも多くの救命」と「後遺症の軽減」を実現することです。そのために、①県民に対するAEDの使用及び心肺蘇生法の普及促進と、②自発的かつ積極的な心肺蘇生法等の実施ができる環境作りを、二つの大きな柱に捉えています(1条)。
関係者については、県に施策の総合的かつ計画的な策定と実施等の責務を定めるとともに、市町村、県民及び事業者に対しては、県との連携を図りながら、各々に応じた役割に努めるものと整理されています(3条~6条)。
県には責務が課されているのに対し、市町村等には役割ととどめているのは、このテーマについては法律レベルによる規律が存在しないことと、地方自治法上の対等関係を踏まえたからです。
イ 基本計画(7条)
条例の実効性を担保するため、知事は基本計画を策定します。計画には、方針、目標、県の講ずべき施策などの事項が定められ、公表されます。
この計画の策定を通じて、各施策の実施に必要となる現状の把握や課題の明確化を進めていただきたいと考えています。特に、後述するAEDの設置や情報集約に関する部分です。
ウ 学校等における取組(8条)
心肺蘇生法等の実施については、正しい知識・技能と理解を持っていただくとともに、日頃から訓練を通じて慣れていただくことが肝要です。このことはプロジェクトチームのメンバーも講習を受けて肌で実感しております。AEDの使用は音声ガイダンスにより案内してくれます。心肺蘇生法のやり方は自体は比較的シンプルですが、意外と体力を要します。やはり慣れておく必要があります。
本県における一般向けの救命講習会については、各市町村消防や赤十字社などを中心に実施されていますが、本条例では、さらに少年期から青年期までの習得が特に重要であると捉え、学校等における取組を促進していきます。
特に、県立中学校及び高等学校においては、心肺蘇生法やAEDの実習を行うことを義務付けており(8条3項)、学生は、在学3年間で少なくとも1回は実習の機会を持つことができます。
取組の促進にあたっては、県は、必要な機材の貸出しや人材派遣等の支援に努めます(8条5項)。そのために必要な予算措置については、我々議員で県の執行部に働きかけるとともに、国の補助金等の支援についても求めていきたいと考えております。
エ 広報(9条)
特に、「救急の日」(9月9日)が設定されている9月を「AEDで命を救う勇気を持とう月間」とし、県民の関心や理解を深めるための普及啓発を強化します。
月間の名称は、パブリックコメントで一般の方からいただいた案を採用させていただきました。
オ AEDの設置(10条)
AEDの1台あたりの設置費用は、購入では30万円~50万円、リースでは月額5000円~8000円くらいとのことです。普及が進めば更に安価になることが期待されます。
AEDの設置は、現状、特に法律でルールは決められておらず、施設の管理者がそれぞれ取り組み、県でも、各部署が各々に設置を進めている状況です。
県内の設置台数は年々増えていますが(平成27年度で7781台:県把握)、設置状況に地域差が生じていたり、また、維持管理が不適切といえるケースも伺えます。
優先的に設置すべき必要な場所にAEDがない、あるいはあったけど電源が切れで使えなかった・・・。こういった事態がないように、今回の条例では、県は、市町村と連携して、効果的かつ効率的なAEDの設置を計画的に推進していくものとし、また、県有施設への設置、設置AEDの適切な表示及び維持管理、並びに県主催行事におけるAEDの確保を行っていくことにしました。
このAEDの設置、適切な表示、及び維持管理につきましては、事業者への努力を求めています。
取組みを進めるにあたっては、次で述べるAEDに関する情報を整理して活用していくことが有意義であると考えます。
オ AEDに関する情報(12条)
AEDに関する情報については、県内にAEDを設置している者に県への提供を求め、県は、その情報を集約整理して県民に公表するものとしました。このAED情報には、種類、設置場所、利用可能時間に加えて、第三者による利用の可否も含まれています。
現在、県で把握している情報については、「街の情報館」で検索することができます(地図上に設置場所が表示されます)。同様のものは、救急医療財団の「財団全国AEDマップ」にもあります。しかし、両者の情報は必ずしも一致しておらず、片方に掲載されている情報がもう片方にはないといった状況もあります。今後は、県で集約した情報を提供するとともに、情報の提供も受けるといった双方の連携を行っていく必要があると考えます。
集約整理されたAED情報が活用されることにより、必要時の迅速な利用を可能としたり、また、設置の際の参考に資することなどを期待します。
カ バイスタンダーへの援助(13条、14条)
心肺蘇生法等の実施を行った善意のバイスタンダー(以下単に「救助実施者」といいます)をしっかりと支援するために、本条例では援助に関する規定を設けました。
具体的には、もし万が一、救助実施者に対して訴訟が提起された場合は、県が弁護士費用などの訴訟に要する費用を貸し付け、さらに判決の結果を受けてその返還義務を免除することができる内容となっています。
また、救助活動が原因となって、救助実施者に感染症などの健康被害等が発生した場合の支援も行うことを予定しています。
特に前者のポイントは貸付金の「免除」までを定めている点にあります。
県民アンケート調査では、突然倒れた見知らぬ人への心肺蘇生法等の実施ができない理由として、3割を超える人が「責任を問われたくないから」と回答しています。
この点、救助実施者による心肺蘇生法等の実施の結果として、要救助者に何らかの損害が発生した場合においても、例えば、民事上は、民法698条の緊急事務管理に該当するものとされ、この救助実施者は、悪意又は重過失が認められない限りは責任を負わないものとされています。
実際、要救助者にその責任が認められた裁判事例は見当たりませんが、たとえ適切な実施であったとしても、要救助者側からの訴訟提起の可能性を完全に排除することはできません。
法律論的な補足をしますと、事実の捉え方は様々であり、要救助者側の認識、誤解、性格等々、最終的に裁判所で請求が認められるか否かとは別に、訴訟の提起自体は憲法上の権利として可能です。もしかしたら、当事者間で一定の義務が発生すると評価し、義務違反があるなどと構成した請求が立てられることも考えられます。この場合は、緊急事務管理の適用事案ではないという主張が前提になります。この義務については、今後、心肺蘇生法やAEDの普及がさらに進んでいけば、その分だけ認められる可能性が高まるかもしれません(パラドックス的ですが・・・)。
東京都も、訴訟の可能性を完全に排除できない点を踏まえ、万が一の場合に法律相談見舞金(5万円)の支給をするバイスタンダー保険制度を設けています。
今回の条例では、救助実施者の実質的な負担を軽減するためのより厚い支援を設けたと考えています。
この規定の存在が、いざ要救助者に遭遇した場面において、不安感や躊躇原因を払しょくする一助となり、バイスタンダーの心肺蘇生法等の実施の後押しになることを期待しております。
特に、医師、看護師、救急救命士などの既に心肺蘇生法等の実施に関する知識・技能を有していて、潜在的な訴訟に関するリスクを想定できていると考えられる方々に対しては、正しく援助制度を知っていただくことにより、いざという時、私的な立場においても安心して心肺蘇生法等を実施していただきたいです!
ただし、気を付けなければいけないのは、特に制度の広報に際しては、いたずらに「訴訟」という言葉が先行して県民の誤解と不安感を煽らないように、丁寧な説明を行うように留意する必要があることです。
支援制度はあくまでも「万が一の場合」のものなのです。
例えば、救命講習会で説明する場合には、「救助行為で要救助者に何らかの損害が発生した場合においても、救助実施者には緊急事務管理の適用により悪意重過失のない限り法的責任を問われず、また、責任が認められた裁判例も確認できないので、安心して実施していただきたい。」といったこれまで同様の一般的な説明をきちんと行ったうえで、さらに、「それでも万が一に訴えられた場合には援助の規定がある」あるいは、単に「県で支援する制度もある」といった段階を踏むなど、相手に応じた丁寧な説明を行っていくことが重要であると考えます。
3 今後は・・・
基本計画の策定等の準備が進められていますが、まずは条例の運用をしっかりとチェックしてまいります。
また、アメリカやカナダの州には、自発的に救命行為に出た人については、仮にその行為に不適切なところがあったり、結果が思わしくなかったとしても、法的責任は問えないとの趣旨を明確にした法があり、一般的に「良きサマリア人法」と呼ばれています。
この良きサマリア人は、聖書の物語に登場します。強盗に襲われて重傷を負い道端に倒れていた旅人に対し、皆が我関せずと通りすぎていく中で、あるサマリア人だけが、旅人を介抱し、傷口の治療をしたうえ、宿屋まで運び、その宿屋に怪我人の世話を頼んで費用まで支出したというのです。
この「善きサマリア人法」に相当する法律やAED促進法の整備など、条例では解決できなかった課題についても、引き続き国への働きかけなどを行いながら取り組みます。
最後に、本条例の要救助者には、文化や慣習の異なる外国の方も含まれます。
成田空港を有し、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの競技会場の一部を引き受けている本県が、世界の人々に向けて、「千葉で倒れても大丈夫。安心して千葉に来てください」と胸を張ってアピールできる。そんな千葉を目指していきたいと思います!
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